アフリカ・エッセイコンテスト受賞作品を紹介
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 (5月25日)一般部門で英国大使賞を受賞した、古家 正暢(ふるや・まさのぶ)さんの帰国報告エッセイが届きました! Ethiopia Study Tour で学んだこと… 古 家 正 暢 Masanobu FURUYA TICADⅣの開催にあたり「アフリカ2008キャンペーン」が開いた「アフリカ・エッセイコンテスト」において、私のエッセイが『英国大使賞』をいただくという光栄に浴しました。その副賞として、5月3日から9日間のエチオピア・スタディツアーに参加させていただき、さまざまなアフリカの実相を視察してきましたので、ここに報告させていただき感謝の意の一端としたいと思います。 1 ステレオタイプのアフリカからの脱却 2 水・水・水 そして 水 3 ODAの減額は本当に「しかたない」ことなのか 4 本当の幸せとは何なのだろう 5 TICADⅤを迎えるために * 最後になりましたが、お世話になった全ての方々に、心より御礼申し上げます。「大変貴重な経験をさせていただき、とても良い勉強になりました。どうもありがとうございました。」 PR
一般部門最優秀賞受賞者・小山裕子さんの帰国エッセイが届きました!
天使の国――エチオピアにて 小山裕子
今回のエチオピア訪問ではこれまで知ることのなかったアフリカの現状を見聞することができた。いくつか思いついたことを書いてみよう。
エチオピアはエチオピア正教と呼ばれるキリスト教の国だ。現地では首を切られた聖者ジョージが、翼が生えて首だけの天使となったという伝承があって、現地の博物館などでその天使となった宗教画が飾られていた。 そんな天使が崇められているせいなのか、人々は非常に親切だった。首都アジスアベバで、商店に買い物に行ったら目当ての品物が見付からなかった。品物はないのかと店の人に尋ねたら「うちには売っていないので」とわざわざ店を出て、別の店まで案内してくれた。 レストランでもこんなことがあった。トイレに行こうとしたら、場所は店の外であいにく猛烈な雨。そうしたらボーイさんが私と一緒になって相々傘でダッシュしてくれた。日本だったら「もう少し雨が小降りになるのを待ちましょう」という場面だったろう。 その食事は何人で食べても常に大皿に乗って料理が出てきた。日本の感覚ならお茶碗ではなく、おひつごとご飯が食卓に登場するイメージである。現地の人に聞くと、食べるものを分かち合う精神の現れなのだという。 貧しさは人の心から余裕を奪う。私はこれまで人間とはそんなものだと思い込んでいた。しかし、エチオピアで認識を改めた。確かに国は日本よりずっと貧しかった。しかし、旅行中にエチオピアの人たちと接していて、ぶっきらぼうな態度を感じる場面はまったくなかった。この国には本当に天使がいるのではないかと感じた。 【女性たち】 エチオピアの人たちによると、「この国はロバと女性でもっている」のだそうだ。首都のアジスアベバを離れるとロバが水や穀物を載せて運搬に活躍していた。 女性たちも活躍していた。エチオピアの農村では夫である男たちは稼いだお金をお酒などにすぐ使ってしまうが、妻である女性たちは本当によく働いて家計を支えていた。 案内していただいた農家の女性は、実に工夫していた。例えば、現地の支援団体からの指導のもと、農産物を品種改良して少しでも収穫量を増やそうとしてみたり、現地の在来の牛と乳牛を交配したりして、「エチオピアの風土に耐えつつ、たくさん乳を出してくれる牛」を育てているのだという。 そんな女性の置かれている立場は十分とは言えない。特に現地の社会でも厳しい立場に置かれている遊牧民では、短大などに進むケースは大変少ないという。 現地では一夫多妻制が認められているが、ここにも女性の弱い立場が浮き彫りになっている。拡大しているエイズの治療に「若い女性を妻に迎えることが役立つ」という迷信が一部の男性に広がり、少女が無理やり結婚させられそうになるケースもあるという。 私が会った現地の農家の女性は、みな真剣な表情をしていた。エチオピアの女性の社会的地位が向上すれば、きっとこの国はもう少し豊かになるだろう。彼女の大きくて温かい手を握ったとき、そんなことを思った。
私は日本から輸出される中古車をエッセイの題材に選んだ。確かに現地では多くの日本製も含めた中古車を見た。 エチオピアを訪れる前、首都アジスアベバは高地で空気のきれいな街ではないか、と漠然としたイメージがあった。しかし、その先入観は見事に打ち砕かれた。私がかつて観光で訪れた都市、例えば中国の上海やタイのバンコク、マレーシアのクアラルンプールなどと比べても、アジスアベバの空気はひどく汚染されている気がした。私たちの国を旅立った中古車は確実に現地の環境を損なっていると感じた。 ならば、我が国が中古車の輸出規制をすれば済むのか。そうではないようだ。現地のガイド役の人は諦め顔でこう言った。「日本から中古車が輸入できなくなっても、エチオピアは別の国から車を輸入するでしょう」。事態は単純ではないのである。 日本は環境対応の車を作る技術では世界一だ。私はこの技術を世界で共有すべく、日本の自動車メーカーが各国のメーカーに模範を示せないか、と思う。エチオピアをはじめとする主要なアフリカの国々は新車を買えるほど経済的な余裕はない。それなら、せめて環境負荷の少ない中古車を世界からアフリカに供給できるように、日本がリードしていって欲しいと願うのだ。 【終わりに】 「一度アフリカの水を飲んだ者はまたアフリカに帰ってくる」といういわれがあるそうだ。本当にそうではないかと思う。アフリカで見たこと、感じたことを人に伝えずにいられない。旅行中から書き始めた備忘録のメモは二十ページを超えて、まだまだ思い出すことが次から次へと湧き出てくる。これからもアフリカのことを主婦の目線で、人々に伝えていきたい。そして、次は家族でこの地を訪れたいと思う。 今回、非常に多くの方々のご配慮で貴重な体験をさせて頂いた。最後になりましたが、心よりお礼申し上げます。 小山さんの受賞作品はこちら 佐藤春夫(さとう・はるお)さん 学校教員 (原文のまま掲載しています)
永井教之(ながい・のりゆき)さん 「イコイの森で」 マリオはガボンのこの谷へ、材木を調達にやってきたマレーシア人だった。 イコイ谷のジャングルは何処までも果てしなく続くかのようであった。大気には水と酸素を含んだ確かな重さと抵抗があり、そこに鳥や虫の声と木々のざわめきが絶えずバイブレーションを加え続けていた。私はマリオの助手でモーリタニア人のジャンと車の荷台に乗り込み、エンジンのものではないその振動を全身で受け止め、感動し、感謝していた。
「お前の国の若い連中はみんなこんな格好をしているのか?」
古家 正暢(ふるや・まさのぶ)さん 学校教員
審査員コメント ●アフリカ理解を広げる、教員の立場と、学生・生徒の反応が、具体的に描けていていいと思いました。
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アフリカ2008キャンペーン:
アフリカ2008キャンペーンは、「がんばるアフリカ」を応援するために2007年3月から始まりました。
2008年5月に横浜で開催される第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)に向けて、アフリカの人の声を届けます。
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